きょう14日は、
赤穂浪士による吉良邸討ち入りの日。
元禄15(1702)年の出来事でした。
『忠臣蔵』はこの仇討ち事件をもとにしたお話です。
『忠臣蔵』ゆかりの兵庫県赤穂市では毎年この日
「赤穂義士祭」が開かれます。
↓関連記事
「勇壮に元禄絵巻 兵庫・赤穂で義士祭を開催」(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/101214/trd1012142115013-n1.htm
「忠臣蔵討ち入りで義士パレード 笠間」(茨城新聞)※12/15追記
http://www.ibaraki-np.co.jp/news/news.php?f_jun=12923368027166
この『忠臣蔵』を簡単に説明すると・・・
元禄14年(1701年)年賀勅使の接待役を命ぜられた
播州赤穂の藩主・
浅野内匠頭長矩は
度重なる恥辱に耐えかねて、
ついに殿中・
松の廊下で
吉良上野介に斬りつけました。

↑これは『桜田門画ノ変』オープンロケセットの松の廊下
松の廊下で斬られた吉良上野介は軽傷で済みましたが、
浅野内匠頭は切腹を命じられます。
しかも浅野家はお家断絶の悲劇を招きました。
これが翌年(1702)
大石内蔵助良雄を中心とした
四十七士の仇討事件になるわけです。
見事主君の仇を討った大石内蔵助ら四十七士は世の人々から賞賛されます。
しかし彼らはとらえられ、熊本、松山、三河、長門の各藩に預けられます。
そして切腹を命じられたのでした。
実は
『桜田門外ノ変』は、
水戸藩士
高橋多一郎・金子孫二郎らが
およそ160年も前の赤穂浪士の吉良邸討入を研究して、
大老・井伊直弼の暗殺計画を立てたそうです。
桜田烈士の数名はは事変後、熊本藩細川邸に逃げ込みますが
これも赤穂浪士が熊本藩に預けられたとき
切腹を命じられるまで手厚くあつかっていたからと言われています。
1860年3月3日『桜田門外ノ変』は雪の日に起きましたが
1702年12月14日『忠臣蔵』も雪の日。偶然とはいえ大きな歴史の流れに大自然の演出が加わった瞬間。
なんかすごい。
ちなみに今日の水戸は午前中雨、午後快晴でしたぁ。

雨上がりの千波湖に架かる光の道。
大自然の演出です。
この光の道の先、対岸がオープンロケセットですよ。
ちなみに今週末12月18日(土)からサムライシネマのとりを飾る『最後の忠臣蔵』が公開。
伊武雅刀さんも出演してます。
TVでも12月25日(土)『忠臣蔵 ~その男、大石内蔵助 』をやりますよ。
こちらは北大路欣也さん伊武雅刀さんも出演してま~す。
さらにキアヌリーブス主演でハリウッド作品も企画中なんですよ。
http://eiga.com/news/20101210/18/
次は『桜田門外ノ変』もリメークどうでしょか?
もちろんオープンロケセットを利用して。
監督は・・・
キャストは・・・
おっと妄想が広がってきたところで今日はここまで。
テリーでしたぁ。